【事案報告】HDD破砕漏れにつきまして

ニュース解説

関係者各位
いつも大変お世話になっております。
元道庁職員振興局太郎でございます。
標記の件につきまして、下記のとおりお知らせいたします。

事案の概要

先日、北海道医療センター及び北海道がんセンターにおいて、患者や職員の個人情報を保存したハードディスクドライブ(HDD)外部へ流出していたことが報じられました。

がん患者ら最大51万人分の個人情報流出か 北海道医療センター・がんセンター:北海道新聞デジタル
独立行政法人国立病院機構は8日、石狩市の産業廃棄物処理業「リプロワーク」に廃棄処理を委託した北海道医療センター(札幌市西区)と北海道がんセンター(同市白石区)のノートパソコンのハードディスクドライブ(…

報道によれば、電子カルテ更新に伴い廃棄処理を委託したHDDが、破砕処理されないままネットオークションへ流出した可能性があり、最大で約51万人分の個人情報が影響を受ける可能性があるとのことです。

さらに調査の過程で、北海道庁が廃棄したHDDも発見されました。

環境生活部道民生活課が管理していたイベント関係者等98人分、後志総合振興局商工労働観光課が管理していた市町村・商工会関係者等599人分、合計697人分の個人情報が保存された状態で流出していたことが判明しています。

北海道、697人の個人情報流出 パソコン廃棄前にデータ消去怠る:北海道新聞デジタル
北海道は8日、庁内で使用後に廃棄したパソコンのハードディスクドライブ(HDD)が、氏名や口座番号など少なくとも計697人の個人情報を含む状態で流出していたと発表した。道の内規で定めるデータの消去や記録…

幸い現時点では個人情報の不正利用は確認されていないようです。
しかし行政組織において個人情報保護は最も重要な責務の一つです。
その意味で、本件は単なる事務ミスとして片付けることのできない事案だと思います。

ただし、ここで一つ冷静に見ておきたい点があります。
本件は、道庁職員が個人情報の入ったHDDを持ち出し、ネットオークションで転売したという事件ではありません。
HDDが外部へ流通したのは、道庁から廃棄業者へ引き渡された後の処理過程です。

一方で、北海道庁側にも、本来行うべきデータの消去や記録媒体の破壊を行わないまま、業者へ引き渡したという手続上の問題がありました。

したがって本件は、単純に「業者が悪い」「道庁が悪い」と二者択一で整理できるものではありません

外部業者による廃棄処理と、道庁内部の情報管理。その双方が十分に機能しなかったことで発生した事案として、考える必要があります。

実はルールは存在していた

報道によれば、北海道庁にはHDDを廃棄する際の手順が定められていました。
つまり、セキュリティ意識がなかったわけではない。
むしろ、仮に廃棄業者側の処理に不備があったとしても、個人情報が外部へ流出しないよう、道庁側であらかじめデータを消去し、記録媒体を破壊する安全策が設けられていました。

具体的には、外部業者へ引き渡す前に、職員側でデータの消去や記録媒体の破壊を実施する運用となっていたようです。
少なくとも制度上は、情報流出を防ぐための手順が用意されていました

ところが実際には、その手順が守られていなかった。
結果として、個人情報を含むHDDが業者へ引き渡されてしまった。

行政不祥事を見ていると、しばしば“ルールがなかった”と思われがちです。
しかし現実には逆のケースも少なくありません。
大抵の場合は、

  • ルールはある
  • マニュアルもある
  • チェック表もある
  • 研修もある

それでも事故は起きる。
行政組織における不祥事は、“ルールが存在しなかった”というよりも、“ルールが存在していたにもかかわらず、実際の業務では運用されなかった”という形で発生することがあります。

本件も、まさにその類型に近いように見えます。

なぜルールは守られなくなるのか

では、なぜ、存在していたはずのルールが実際の業務では守られなくなるのでしょうか。

もちろん個別事情は今後の調査を待つ必要があります。
したがって、ここから述べるのは本件の原因を断定するものではありません。
その上で、行政組織で勤務した経験から考えると、ルールが機能しなくなる背景には、いくつかの共通した構造があります。

一つ目は、廃棄処理が日常的に行う業務ではないことです。
職員は日々、予算、契約、議会対応、住民対応など、様々な業務を行っています。
一方で、パソコンの更新やHDDの破壊は、毎日行う作業ではありません。数年に一度しか経験しない職員も多いでしょう。
ルールが書かれていたとしても、実際に作業した経験がなければ、“具体的に何を、どこまで行えばよいのか”が分からないことがあります。
頻度の低い業務ほど、担当者個人の経験や、前任者からの引継ぎに左右されやすくなります。

二つ目は「責任の分散」です。

  • データ消去を行う担当者
  • 機器や備品を管理する担当者
  • 廃棄手続きを行う担当者
  • 業者との契約担当者
  • 情報セキュリティ管理者(課長や室長などの所属長)
  • PCリース業者
  • 産廃業者

それぞれが自分の担当範囲の業務を行います。
一方で、関係者が増えるほど、

前の担当者が確認しているだろう

業者が適切に処理するだろう

最後は管理者が確認するだろう

という心理も生まれやすくなります。
いわゆる、

誰かが確認したのでヨシ!

という現場猫的な状況です。
それぞれの担当者が何らかの確認をしていても、全体として重要な作業が抜け落ちることがあります。

三つ目は「形式化」です。
行政組織では様々なチェック作業が存在します。

  • 出退勤管理簿
  • 各種決裁
  • 報告書
  • 復命書
  • 研修受講記録

いずれも、本来は事故を防ぐために必要な仕組みです。
しかし業務量が増えると、本来は重要な確認作業も、“いつもの手続”になってしまうことがあります。
すると、本来は「本当にデータ消去したか」を確認すべき場面が、「チェック欄に印を付ける作業」
へ変質
してしまう。

これは行政だけではなく、多くの大組織に共通する課題でしょう。
今回の事案についても、単純に、“担当職員の情報セキュリティ意識が低かった”
と説明するだけでは、十分ではないように思います。

  • ルールを知らなかったのか。
  • 知っていたが、具体的な作業方法が分からなかったのか。
  • 誰かが実施したと思い込んでいたのか。
  • 確認自体が形式化していたのか。

その背景まで検証しなければ、同じ種類の事故を防ぐことはできません。
“ルールが存在すること”と、“ルールが現場で機能すること”は別問題です。
本件は、その違いを改めて示した事案なのではないでしょうか。

現場ではどうだったのか

では、北海道庁では、パソコンや外部記録媒体を実際にどのように管理していたのでしょうか。


まず、パソコンはリース品と買い上げ品で扱いが異なります。
リースパソコンは、契約期間が終われば業者へ返却しなければなりません。道庁の所有物ではないため、職員が勝手に分解したり、HDDを物理的に破壊したりすることは基本できません
一方、買い上げたパソコンであれば、道の資産として所定の手続きを経たうえで物理的な破壊も可能です。

ただ、私が勤務していた所属ではリースパソコンが圧倒的に多く、職員が自らHDDを取り出して破壊する機会はほとんどありませんでした
つまり、ルール上は「記録媒体を破壊する」と書かれていても、その作業を実際に経験した職員は決して多くない。組織として、物理的破壊のノウハウが十分に蓄積されていたとは言い難い状況でした。

私自身、一度だけHDDを破壊した経験があります。
リースパソコンが故障し、業者と協議した結果、その端末を数百円で買い取ったうえで、内部のHDDを取り出して処分することになりました。
ところが、いざ破壊しようとすると、周囲の職員は怪訝そうな顔でこちらを見ています。

振興局太郎
振興局太郎

本当に壊していいんだよな?後で何か問題にならないのか?


私自身も、手続きを確認しているとはいえ、少し不安でした。
日常業務の中でパソコンを物理的に破壊する機会など、普通はありません。厳格なルールがあっても、その実行場面が極端に少なければ、現場の作業はどうしても手探りになります。

外部記録媒体の管理も同様です。
私がいた課には、USBメモリが20個ほどありました。これらは外部記録媒体管理簿で管理され、毎月、現物と台帳の数量を照合します。
しかし、この確認が毎回一筋縄ではいきません。

  • 誰かが人事研修に持っていっている
  • 議会対応で別室に持ち出している
  • データを端末間で移すため、一時的に使用している

USBメモリ自体にデータを残さない運用だったため、業務のたびに貸し出し、返却し、抜き差しすることになります。通常業務と並行しながら20個の所在を確認するため、毎月の照合作業だけで1、2時間かかることもありました。
一つ見当たらないだけで冷や汗が出ます。
最終的にはどこかから出てくるのですが、この作業を経験すると、厳格な管理ルールを現場で維持することの難しさも分かります。

情報セキュリティ研修も実施されていました。
情報政策部門からメールで資料が送られ、「各自読んでおくように」と案内される。多くの場合はこの形式です。
内容自体は、パスワードを適切に管理する、怪しいメールを開かない、個人情報を持ち出さないといった基本的なものです。大の大人を会議室へ集めて一から説明するほどではなく、スマートフォンやパソコンに慣れた世代であれば、なおさら常識に近い内容でしょう。
だからこそ、研修は形式化しやすい。
「またいつもの資料か」と流し読みされる。

しかし今回のように、その基本的な手順が守られない事案が実際に起きる。
北海道庁の情報セキュリティ規則は、現場感覚からするとかなり厳格です。それにもかかわらず事故が起きるのであれば、ルールの厳しさと実際の安全性が必ずしも比例していないことになります。
そして今回のニュースを見たとき、私が最初に思ったのは、犯人捜しでも道庁批判でもありませんでした。

振興局太郎
振興局太郎

来年度から契約書とチェック表が増えるだろうな

ということでした。
廃棄業者との契約内容が細かくなり、担当者の確認事項が増える。確認のたびに上司へ説明し、押印や決裁を受ける。恐らく再発防止策として、そうした手続きが追加されていくでしょう。
それ自体は必要な対応です。
ただし、既に存在していたルールが機能しなかった事案に対して、さらにルールを重ねることが、本当に最善の解決策なのか。
その点は、少し立ち止まって考える必要があるように思います。

問題はHDDではない

今回の事案を受けて、北海道庁では今後、何らかの再発防止策が講じられることになるでしょう。
例えば、

  • 廃棄業者との契約書や仕様書への条項追加
  • HDD処分時の確認表
  • 作業工程ごとのチェックシート
  • 上司による確認や決裁
  • 情報セキュリティ研修

といったものです。

既に存在する手続きが見直され、担当者が確認すべき事項も増えることになると思います。
もちろん、必要な対策は講じなければなりません。
個人情報を保存した記録媒体を処分する以上、作業を業者任せにせず、道庁側でも適切に確認することは必要です。

しかし、確認項目や決裁を増やせば、それだけで本質的な問題が解決するとは限りません。
行政組織では、事故が発生すると、その対策として新しいルールが追加される傾向があります。

  • 確認欄を一つ増やす
  • 決裁者を一人増やす
  • 研修資料に新しいページを追加する

こうした対策は、実施したことを説明しやすく、再発防止に取り組んでいることも外部へ示しやすい方法です。
一方で、手続きが増えれば、それを処理する職員の負担も増えます。
確認事項が増えすぎれば、一つ一つの確認にかけられる時間は短くなります。
そして、事故を防ぐために追加されたはずのチェック作業が、やがて「チェック欄を埋めるための作業」になってしまう可能性があります。
今回の事案は、必要なルールが存在しなかったために起きたものではありません。
既に、

  • 業者へ引き渡す前にデータを消去する
  • 記録媒体を破壊する

というルールが存在していました。

それにもかかわらず、そのルールが実際の業務で運用されなかったことで、個人情報を保存したHDDが外部へ流出しました。
そうであるならば、本当に問われるべきなのは、新しいルールをいくつ作ったかではありません。

  • 既存のルールを、誰が、どの段階で、どのように実行し、その結果をどう確認するのか
  • 担当者が替わっても、経験の少ない職員が担当しても、同じ手順を確実に実行できる仕組みになっているのか
  • 作業の責任者が明確になっているのか
  • 確認作業が、通常業務の片手間ではなく、実際に実施可能な業務量として設計されているのか

そうした組織運営そのものを見直す必要があります。

今回流出したのはHDDでした。
しかし来年度、最も増えるのはチェックシートかもしれません。

以上、HDD破砕漏れについてお知らせいたしました。
何卒よろしくお願い申し上げます。

令和8年6月24日

北海道庁生存戦略部
異端企画局
内部是正推進課非公式記録整理係
主事 振興局太郎

この記事は、元道庁職員としての個人的体験と見解に基づいています。
行政・公務員の世界に関心のある方の参考になれば幸いです。

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