【照会事項】北海道に振興局は本当に必要なのか

ニュース解説

関係者各位
いつも大変お世話になっております。
元道庁職員振興局太郎でございます。
標記の件につきまして、下記のとおりお知らせいたします。

振興局とは何者か

最初にお詫びしなければなりません。
私はブログの筆名として“振興局太郎”を名乗っていますが、よく考えてみると、これまで一度も「振興局とは何なのか」を説明していませんでした。
振興局太郎を名乗りながら振興局の解説記事が存在しない。
これは例えるなら、“地下鉄太郎”が地下鉄を説明していないようなものです。大変失礼いたしました。

さて、北海道にお住まいの方でも、「振興局って何をしている組織なの?」と聞かれると意外と答えに困るのではないでしょうか。
実際、普段の生活の中で「今日は振興局へ行ってきました」と話す機会はそれほど多くありません。

しかし、振興局は私たちの生活の様々な場面に関わっています。
例えば、

  • 建設業許可や各種産業関係の手続き
  • 農業関係の補助事業や農地に関する相談
  • 森林整備や治山事業などの林務行政
  • 漁業調整や漁港整備などの水産行政

さらに保健環境部門では、地域によっては保健所機能も担っています

また、道道の維持管理や災害対応、市町村との連絡調整なども重要な仕事です。
道民が直接窓口を利用する機会は少なくても、地域経済や行政サービスを支える裏方として、振興局は日常的に活動しています。
市町村と住民がBtoCの関係ならば、振興局は企業相手、つまりBtoBの傾向が強いのではないでしょうか。

総合振興局・振興局 – 北海道のホームページ
14総合振興局・振興局の一覧 ※総合振興局・振興局・・・北海道の地域 ※地図の総合振興局・振興局名をクリックすると…

北海道には14の総合振興局・振興局が設置されており、本庁だけでは対応できない広大な地域行政を担っています。
言い換えれば、振興局とは「札幌にある本庁と、各地域の市町村をつなぐ中間拠点」です。
では、なぜ北海道だけがこのような独特の仕組みを持っているのでしょうか。
次章では、その歴史的な経緯を少し遡ってみたいと思います。

なぜ振興局が生まれたのか

振興局の必要性を考える前に、まずはその歴史を振り返ってみたいと思います。
北海道に支庁制度が生まれたのは明治時代です。
当時の北海道は、今以上に交通網が未発達でした。現在であれば高速道路や鉄道、自動車、インターネットがありますが、明治期にはそれらが存在しません。
札幌から宗谷、根室、網走へ指示を出しても、それが現場へ届くまでに長い時間がかかる。
当然ながら、地域ごとの課題も全く異なります。漁業中心の地域もあれば、農業中心の地域もある。
そのため北海道庁は、本庁だけで全道を直接統治するのではなく、各地域に出先機関を配置する仕組みを整備しました。これが支庁制度の始まりです。

1897(明治30)年には19支庁が設置され、その後、交通事情の改善などに伴う統廃合を経て、1910(明治43)年には現在につながる14支庁体制がほぼ完成しました。
そして戦後の1948(昭和23)年、地方自治法の施行に合わせて「北海道支庁設置条例」(以下「支庁設置条例」)が制定され、支庁は北海道庁の総合出先機関として法的に位置付けられます。

ところが、ここから話が少しややこしくなります。
実は北海道では、かなり昔から
「14支庁は多すぎるのではないか」
という議論が繰り返されてきました。
支庁設置条例の制定時ですら、既に有識者委員会から「9支庁案」が答申されていました。ところが地域の反発などもあり、大規模再編は実現しませんでした。

その後も平成に入り、

  • 地方分権の進展
  • 財政難
  • 市町村合併
  • 行政改革

といった流れの中で、支庁制度見直し論が再燃します。

そして2000年代に入ると、高橋はるみ知事(当時)の下で本格的な支庁制度改革が進められることになりました。
当初は「6支庁案」、次に「9総合振興局+5振興局案」へと構想が変化し、地域説明会や議会審議を重ねながら何度も修正が繰り返されます。特に支庁所在地となっていた地域の反発は非常に強く、条例成立後も調整が続きました。
結果として2010年、「総合振興局・振興局制度」がスタートします。

ただし興味深いのは、最終的に14の地域機関そのものは全て残ったことです。
つまり北海道は、「支庁をなくした」のではなく、「支庁を振興局へ名前変更しつつ、権限や役割を再整理した」と言った方が実態に近いかもしれません。
振興局は突然生まれた新組織ではありません。
明治以来続いてきた支庁制度が、100年以上にわたる歴史の中で姿を変えたものなのです。

振興局は非効率なのか

ここまで振興局の役割と歴史を整理してきましたが、当然ながら批判もあります。
むしろ、行政組織として冷静に見るならば、「振興局は本当に効率的なのか」という問いは避けて通れません。
私自身、入庁前から道庁の役割についてはかなり考えていました
北海道のように広大な自治体において、道庁は何を担うべきなのか。市町村でできることは市町村に任せるべきではないのか。国の出先機関や札幌市のような政令市が存在する中で、道庁という広域自治体は本当に必要なのか
当然、「そもそも道庁という組織自体が必要なのか」というところまで考えました。
そういう意味では、振興局批判も決して外野の思いつきではありません。道庁という組織の存在意義を考えるなら、振興局の非効率性も正面から検討すべき論点です

まず分かりやすい批判は、本庁と振興局による二重行政です。
同じ道庁の中に、本庁があり、振興局があり、さらに出先機関や出張所がある。住民や市町村から見れば、「結局どこに話を持っていけばよいのか分からない」という場面もあります。

次に決裁の遅さです。
振興局で完結できる案件ならまだよいのですが、重要案件になると本庁協議が必要になります。すると、地域の事情を知る振興局、本庁の所管課、財政・人事・法務などの関係部門が絡み、意思決定の経路が一気に複雑化します。

  • 本庁に確認する
  • 振興局に照会する
  • 振興局から本庁へ上げる
  • 本庁からまた振興局へ戻す

こうした往復が発生すれば、当然ながら意思決定は遅くなります。
これは「慎重な行政運営」と言えば聞こえはよいですが、現場感覚としては単に遅い

さらに人件費の問題もあります。
全道に振興局を置き、部課を設け、管理職を配置し、庁舎を維持する。これは当然コストがかかります。人口減少が進む中で、同じ体制を維持し続ける合理性はどこまであるのか、という疑問は当然出てきます。
加えて、現在では市町村の行政能力も明治時代とは比較にならないほど高まっています。
住民に身近な行政は市町村が担う。これは地方自治の基本です。であれば、振興局が担っている業務の一部は、市町村へ移譲できるのではないか。あるいは本庁が直接デジタル対応すれば済むのではないか。そう考える人がいても不思議ではありません。
実際、交通も通信も発達しました。オンライン申請、Web会議、電子決裁も普及しつつあります。明治時代のように、札幌から地方へ指示が届かない時代ではありません。
そう考えると、振興局は「かつて必要だった組織」が惰性で残っているだけではないか、という批判も成り立ちます。

ただ、ここで一つだけ付け加えておきたいことがあります。
私がこのように批判的な言説を出せるのは、道庁を嫌いだからではありません。むしろ逆です。道庁という組織に期待していたからこそ、その役割や存在意義について考えてきたのです。
しかし、いざ入庁してみると、そうした組織の理念や広域自治体としての使命を日常的に考え、プライドを持って働いている人は、残念ながらかなり少数派でした。
目の前の仕事を回すことはもちろん重要です。
しかし、「道庁は何のために存在するのか」「振興局は北海道にとって何を担うべきなのか」という問いが、組織内で共有されているようには見えませんでした。
その現実に打ちのめされた話は、これまでも何度か書いてきたので、ここでは深入りしません。

【通知】北海道庁を辞めた経緯につきまして
関係者各位いつも大変お世話になっております。元道庁職員の振興局太郎でございます。標記の件につきまして、下記のとおりお知らせいたします。配属と業務の概観最初に、入庁からの配属経歴について説明します。なお、具体的な部署名については、ぼかして書か…

いずれにせよ、振興局は無条件に肯定されるべき存在ではありません
二重行政、決裁の遅さ、人件費、市町村との役割分担。これらの批判は、かなり正当な論点です。
問題は、それでもなお振興局が必要なのか、という次の問いです。

それでも振興局が必要な理由

ここまで読むと、「やはり振興局は不要なのではないか」と思われた方もいるかもしれません。
実際、前章で述べた批判には一定の説得力があります。

しかし、それでも私は振興局という仕組みそのものは必要だと考えています
なぜなら、振興局は単なる行政サービス機関ではなく、北海道という巨大自治体を統治するための地域拠点だからです。
行政機関というと、許認可や補助金、各種窓口業務を思い浮かべる方が多いでしょう。
しかし、振興局の本質はそこではありません。
例えば、大規模災害が発生した場合。
あるいは高病原性鳥インフルエンザや豚熱、赤潮、ヒグマ被害のように、市町村単独では対応できない広域課題が発生した場合。
こうした案件では、市町村を超えた調整主体が必要になります。
その役割を担うのが北海道庁であり、その現地司令部が振興局です。

私は以前、「北海道庁は本当に必要なのか」ということまで含めて考えたことがあります。
その結果として辿り着いたのが、地方自治における「補完性原理」という考え方でした。
簡単に言えば、

  • 市町村でできることは市町村で行う。
  • 市町村でできないことを都道府県が補完する。
  • さらに都道府県でも難しいものを国が担う。

という考え方です。
私は基本的にこの考え方を支持しています。基本的にはね…

そして、この視点から見ると、振興局という存在は意外と合理的に見えてきます。
例えば、人口数千人規模の町村が単独で確保することが難しい人材があります。

  • 土木技術職
  • 農業土木職
  • 林務職
  • 水産技術職

こうした専門職を全ての自治体が独自に抱えることは現実的ではありません。
そこで振興局が広域的に支援する。
言わば“地域版シェアードサービスセンターのような役割です。
行政の効率化という観点から見ても、この仕組みには一定の合理性があります。

さらに北海道という自治体は、全国でも極めて特殊です。
北海道の面積は約8万3千平方キロメートル。
これはヨーロッパのオーストリア一国に匹敵します。
一方で人口は約500万人、こちらはシンガポールとほぼ同規模です。
つまり北海道は、「都道府県」というよりも、一つの中規模国家に近い規模を持つ行政単位なのです。
この広さを考えれば、札幌の本庁だけで全道を統治することは現実的ではありません。
だからこそ、私は振興局を単なる出先機関とは考えていません。
振興局とは、北海道という広域自治体を成立させるための統治インフラです。

もちろん、現在の振興局制度が完璧だと言うつもりはありません。
非効率な部分もあるでしょう。
デジタル化によって縮小できる業務もあるでしょう。
しかし、それは振興局を不要とする理由にはなりません。
問われるべきなのは、振興局を廃止するかどうかではなく、北海道という広大な地域を支える統治機構として、どのように機能させるべきかという点なのです。

なぜ私は振興局太郎と名乗るのか

最後に、記事タイトルにも関わる話をしておきたいと思います。
当初私の筆名は「鈴木邪道」でした。「真っ直ぐな道」を歩んでいる人に対して私は「邪道ルート」を歩いているということから、ジョークのつもりでしたが、個人批判に誤解されそうなので変えました。
現在は「振興局太郎」という筆名で発信活動を行っています。
別に振興局勤務だったから付けた名前ではありません。
振興局という組織が完璧だと思っているわけでもありません。
実際、本稿でも述べたとおり、振興局には非効率な部分もありますし、改善すべき点も少なくないでしょう。
それでも私がこの名前を選んだのは、振興局という存在が北海道の行政を考える上で非常に象徴的だからです。
国があり、市町村がある。
その中間に北海道という広域自治体がある。
そして本庁と地域をつなぐ接点として振興局が存在する。

私は学生時代から地方自治や行政制度に関心を持ち、北海道庁へ入庁した後も、「広域自治体とは何のために存在するのか」という問いを考え続けてきました。
その意味で、振興局は単なる出先機関ではありません。
北海道という自治体の統治構造を象徴する存在です。
私は必ずしも振興局を擁護したいわけではありません。
むしろ必要であれば批判もします。
しかし、批判するためにも、まず存在意義を理解する必要がある。
そう考えています。
振興局太郎という名前には、北海道の行政制度を、現場論だけでも理想論だけでもなく、制度の構造そのものから考えていきたいという思いを込めています。
これからも、その視点で北海道の政治や行政、そして地域社会について考えていきたいと思います。

以上、北海道に振興局は本当に必要なのかについてお知らせいたしました。
何卒よろしくお願い申し上げます。

令和8年6月9日

北海道庁生存戦略部
異端企画局
内部是正推進課非公式記録整理係
主事 振興局太郎

この記事は、元道庁職員としての個人的体験と見解に基づいています。
行政・公務員の世界に関心のある方の参考になれば幸いです。

【今回参考にした文献】
支庁制度研究チーム『支庁制度研究結果報告書』
藤巻 秀夫「北海道庁,支庁制度を「廃止」」(煎本孝・山岸俊男編『現代文化人類学の課題:北方研究からみる』世界思想社,2007年『北海道新聞』2010年5月1日記事)
伊藤 忠雄『「支庁制度改革」について(支庁制度改革は、地域主権型社会実現のためか)』

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