関係者各位
いつも大変お世話になっております。
元道庁職員の振興局太郎でございます。
標記の件につきまして、下記のとおりお知らせいたします。
北海道IRはなぜ一度止まったのか
先月、北海道庁はカジノを含む統合型リゾート施設(IR)の道内誘致に関する「基本的な考え方」の改定素案を正式に公表しました。

北海道におけるIR誘致構想は、決して今回初めて出てきた話ではありません。
先ずは、北海道IRをめぐるこれまでの経緯を整理します。
2010年代前半、国レベルでIR推進法案が議論される中、道内でも苫小牧市、小樽市、釧路市、さらに留寿都村などが候補地として名乗りを上げ、各地で誘致に向けた動きが見られました。
その後、北海道は2019年4月に「統合型リゾート(IR)に関する基本的な考え方」を策定し、苫小牧市を候補地として妥当と位置づけました。需要予測調査などでも、売上や税収効果の面で苫小牧が高く評価されていました。
しかし、同年11月、就任間もない鈴木直道知事は誘致申請の見送りを表明しました。
理由としては、
- 限られた期間の中で苫小牧周辺の自然環境へ十分配慮することの難しさ
- ギャンブル依存症対策への懸念
- そして政治的・世論的なリスク
などがありました。
これ以降、北海道IRの議論は一気に低調になります。
さらにその後、IRをめぐる汚職事件で現職国会議員が逮捕され、コロナ禍によってインバウンド需要も一時停止しました。
秋元司元議員の実刑確定へ IR汚職、最高裁が上告棄却 – 日本経済新聞
大阪IRが国に認定されるなど全国では一定の動きがあった一方、北海道は目立った進展を見せませんでした。
その流れが再び動き出したのが、2025年以降です。
北海道は道内179市町村を対象にIR整備に関する意向調査を実施し、苫小牧市と函館市が「関心あり」と回答しました。
さらに、国の再公募方針や有識者懇談会の開催を経て、先月(26年6月)には「基本的な考え方」の改定素案が公表されました。
つまり北海道IRは、突然復活したというより、一度見送られ、6年ほど凍結されていた大型政策が、国の制度スケジュールと道内自治体の意向を受けて、再び行政課題として表に出てきたものだと言えます。
ちなみに、私が在職していたのもちょうどこのころです。
2019年4月に前任の高橋はるみ知事が、後任への置き土産かのように「IR(統合型リゾート)に関する基本的な考え方」を公表。
しかし、鈴木知事はこれをそっくりそのまま踏襲するような形はとらずに同年秋に誘致申請を見送り。
当時、私はIRに直接関係する部局にいたわけではなかったのですが、庁内での「あ、止めるんだ…」という雰囲気は覚えています。秋元司衆議院議員(当時)の汚職事件に関する報道が連日紙面を賑わせていたのも記憶しています。
改訂・素案は何を言っているのか
それでは、今回公表された「統合型リゾート(IR)に関する基本的な考え方」の改定素案は、何を言っているのでしょうか。
先に確認しておきたいのは、道庁は今回のIRについて、単なる民間の観光施設としては整理していないということです。
素案では、IRを“民設民営”である一方、“高い公共性を有する政策”と位置づけています。ここは重要です。
民間事業者が資金を出し、施設を整備し、運営するのであれば、一見すると行政の関与は小さいようにも見えます。しかし、IRは民間事業者が勝手に土地を取得して、その後は勝手にカジノ付きリゾートを開業できるような仕組みではありません。
道や立地自治体は、
- 区域整備計画の作成
- 実施方針の策定
- 事業者の選定と実施協定の締結
- 事業状況の報告確認と必要に応じた実地検査
など、かなり深く関与することになります。
つまり、“民設民営”とはいっても、行政が「許可は取りましたので、民間でやるならご自由にどうぞ」と横から眺めていれば済む案件ではないのです。
また、立地自治体には、用地確保や周辺インフラ整備などの行政投資も伴う可能性があります。
道路、交通アクセス、上下水道、除排雪、消防・救急、治安対策、依存症対策など、IRが立地することで発生する行政需要は少なくありません。
したがって、IRは「民間資金で作るから、決まった後の自治体の負担は軽い」と単純に言い切れるものではなく、自治体側にも膨大な責任と負担が発生する巨大プロジェクトと見るべきでしょう。
一方で、道が掲げる目標も大きなものです。
素案では、北海道IRの方向性として、
- 世界との交流拠点の形成
- 北海道経済産業の成長
- 道民の暮らしの豊かさの向上
が示されています。
これは、IRを単なる観光施設やカジノ施設としてではなく、国際会議、展示、宿泊、エンターテインメント、食、自然、文化、観光周遊を一体化させた、“北海道全体の成長装置”として位置づけようとしているということです。
特に注目すべきは、北海道全体をIRの重要なコンテンツとして位置づけている点です。
つまり、IR施設の中だけでお金を使ってもらうのではなく、IRを起点として道内各地へ人を送り出し、広域周遊観光につなげる。道産品、食、自然体験、文化、アドベンチャートラベル、地域産業などを結びつけ、全道への波及効果を生み出す。道庁は、そうした構想を描いているように読めます。
ここまでは、行政文書としてはかなり壮大です。
ただし、壮大であるがゆえに、問われることも多くなります。
- 民設民営でありながら高い公共性を持つというなら、行政の責任範囲はどこまでなのか
- 全道への波及を掲げるなら、それをどう測定するのか
- 道民の暮らしの豊かさに還元するというなら、誰に、どの地域に、どのような形で利益が届くのか
今回の改定素案は、北海道IRを再び政策課題として動かすための基本的な方向性を示したものです。
しかし同時に、道庁自身がこの事業を“単なる民間プロジェクトではない”と改めて宣言した文書でもあります。
だからこそ、次に問われるのは、きれいな理念ではなく、その理念を支える数字、責任、負担、そして実現可能性なのではないでしょうか。
「カジノ依存しないIR」ってカジノいらないのでは
今回の改定素案を読んでいて、個人的に最も引っかかったのが、“カジノに依存しない中核施設”という表現です。
素案では、IRの中核施設について「それぞれの施設が事業性を持ち、カジノに依存しない形で政策効果を持続的に発現させることが重要だ」とされています。さらに、各施設については、運営ベースで黒字化をめざすという趣旨の記述も見られます。
方向性としては理解できます。
カジノ収益だけに依存し、会議場や展示施設、ホテル、エンターテインメント施設などが実質的に赤字施設としてぶら下がるようなIRであれば、それは“統合型リゾート”というより、単にカジノを中心とした巨大な“ハコモノ”になってしまいます。道庁としても、北海道IRをそのようなものにはしたくないのでしょう。
しかし、ここにはかなり大きな論点があります。
中核施設が本当にそれぞれ黒字化し、カジノに依存しない形で運営できるのであれば、そもそもなぜカジノが必要なのでしょうか。
逆に、カジノ収益を中核施設への内部補助や初期投資の回収、再投資、さらに納付金等を通じた社会還元に活用するのであれば、それはやはりカジノ収益を前提にした事業構造ではないのでしょうか。
もちろん、これは言葉遊びではありません。
カジノ収益を活用して、通常であれば独立採算を取りにくい大規模MICE施設やエンターテインメント施設、観光送客機能などを支えるという考え方自体はナンセンスではありません。
その意味では、カジノが単独で存在するのではなく、広域観光や地域経済への波及を支える財源装置として位置づけられている、と説明することもできるでしょう。
ただし、その場合は、「カジノに依存しない」という表現の意味をもう少し丁寧に説明する必要があります。
例えば、「施設運営そのものは黒字化をめざすが、初期投資の回収や全体収益の安定化、社会還元にはカジノ収益を活用する」という意味なのか。あるいは、「カジノ収益がなくても中核施設は自立できるが、カジノ収益があることでより大きな政策効果を生む」という意味なのか。
ここが曖昧なままだと、道民から見れば、

カジノに依存しないなら、カジノはいらないのではないか

カジノ収益が必要なら、結局カジノに依存しているのではないか
という素朴な疑問が出てきます。
もう一つ気になるのは、“黒字化をめざす”という表現です。
行政文書としては自然な言い回しではありますが、裏を返せば、少なくとも一定期間は赤字が発生する可能性を否定していないようにも読めます。
では、その赤字は誰が負担するのでしょうか。
民間事業者だけで吸収するのか。カジノ収益で補うのか。行政側の追加負担やインフラ投資(つまり、道民の税金)として現れるのか。
ここを曖昧にしたまま、「カジノに依存しない」「黒字化をめざす」「道民生活に還元する」と並べても、道民が実質的な判断をする材料としては空虚です。
北海道IRの評価に必要なのは、きれいな理念ではなく、冷徹な数字です。
中核施設ごとの収支見通し、カジノ収益の使途、全道への送客数、道内調達額、地域別の経済波及効果、行政負担、依存症対策費用。
これらをどこまで具体的に示せるかによって、「カジノに依存しないIR」という言葉の説得力は大きく変わります。
北海道IRを進めるのであれば、道庁はこれらの問いから逃げるべきではありません。
道庁はなぜここまで時間をかけたのか
では、道庁はなぜここまで時間をかけてIRを再び動かそうとしているのでしょうか。
単純に見れば、「一度引っ込めた話を、また持ち出してきた」と受け止めることもできるかもしれません。
しかし、道庁という組織の動き方を考えると、今回のIR再始動は、急に思いつきで始まったものではないように見えます。

むしろ、過去の見送り、苫小牧周辺の自然環境への配慮、ギャンブル依存症対策への懸念、IR汚職事件による社会的不信、コロナ禍による観光需要の激変などを踏まえ、行政的な段階を一つずつ踏みながら、かなり慎重に再起動させ、外堀を埋めに来ていると見るべきでしょう。
道庁は、基本的に“いきなり大きな政策を打ち出して、トップダウンで押し切る”ことが得意な組織ではありません。
事実、本年の第2回定例会での鈴木知事の答弁を見るに、最終的な結論は知事の中にもあるようには見えません。

職員が資料を作り、過去の経緯を整理し、有識者の意見を聴き、市町村の意向を確認し、道議会に説明し、関係部局と調整し、道議会の反応を伺い、少しずつ判断材料を積み上げていくのが道庁組織です。
その意味で、今回のIRも非常に道庁らしい動き方をしています。
まず、過去に一度策定した「基本的な考え方」がある。次に、道内市町村への意向調査がある。さらに、有識者懇談会がある。
その上で、骨子、中間整理、改定素案が出てくる。そして、パブリックコメントや道議会での議論を経て、最終的な方針決定へ向かっていく。
こうした流れは、行政的には非常に整っています。
ただし、整っていることと、分かりやすいことは別です。
道庁の政策形成は、慎重である一方、責任の所在が見えにくくなることがあります。

有識者懇談会で意見を聴いた。市町村の意向を確認した。道議会にも説明した。国の制度スケジュールもある。事業者の関心もある。地域経済への期待もある。依存症対策も検討する。環境にも配慮する。
こうして関係者と論点を丁寧に並べていくほど、最終的に誰が、どの価値判断で、何を決めるのかが見えにくくなっていきます。
もちろん、大型政策において関係者の意見を聴くこと自体は必要です。IRのように、観光、経済、治安、福祉、環境、財政、地域振興が複雑に絡む政策であれば、慎重な手続を踏むのは当然です。過去に見送りを判断した経緯がある以上、「なぜ今ならできるのか」を説明する責任もあります。
問題は、その慎重さが、いつの間にか“判断しないための慎重さ”になっていないかということです。
道庁の仕事は、資料を積み上げることだけではありません。有識者の意見を並べることだけでもありません。最終的には、北海道としてIRを進めるのか、進めないのか。
進めるなら、どの地域で、どのような条件で、どの程度の行政負担を認め、どのリスクを引き受けるのか。
そこを政治と行政の責任で判断しなければなりません。
今回のIR再始動を“既成事実化”の一言で片付けるのは簡単です。
しかし、実際にはもう少し複雑です。
これは、あまりにも緻密で、煩雑で、そして責任分散的な政策形成プロセスです。
道庁はIRを急に進めているわけではありません。むしろ、時間をかけ、手順を踏み、慎重に再起動させています。
だからこそ問われるべきは、手続を踏んだかどうかではありません。
その手続の先に、道庁と鈴木道政が、自分たちの判断として何を選ぶのか。そして、その判断を道民にどこまで分かりやすく説明できるのか。
北海道IRの本当の論点は、そこにあるのではないでしょうか。
北海道IRで本当に問われているもの
ここまで見てきたとおり、北海道IRは、通常の公共施設建設とは性質がかなり異なります。
単に道や市町村が建物を建てる話ではありません。
民間事業者による巨額投資、カジノ収益、中核施設の運営、広域周遊観光、道内産業への波及、依存症対策、治安、環境、インフラ整備など、複数の論点が複雑に絡み合う政策です。
だからこそ、北海道IRを単純なハコモノ行政批判で片付けるのは少し雑です。
もちろん、巨大施設を作れば地域経済が良くなるというほど単純な話ではありません。過去の大型開発や観光施設を思い出せば、「立派な構想」と「実際の地域経済への波及」は必ずしも一致しないということは、私たち道民もよく知っているはずです。

一方で、人口減少、産業停滞、観光需要の取り込み、国際会議や高付加価値観光への対応といった課題が北海道にあることも事実です。問題は、それらの課題を解く手段として、なぜIRでなければならないのかということです。
- 道民に還元される利益は何か
- 行政負担(道民の負担)はいくらになるのか
- 全道への波及効果はどのように測定するのか
- 依存症、治安、環境リスクには誰が責任を持つのか
- 事業者が撤退、縮小した場合のリスクは誰が負うのか
そして鈴木道政は、最終的に「やる」のか「やらない」のかを、いつ、どの段階で判断するのか。
このあたりが曖昧なままでは、道民にとって判断材料が足りません。
北海道IRの本当の論点は、カジノに賛成か反対かだけではありません。
一度止まった巨大政策を、道庁がどのような理屈で再び動かそうとしているのか。そして、その理屈が道民の納得と判断に耐える水準に達しているのか。
今回の改定素案は、北海道IRを再び動かすための資料であると同時に、道庁の説明責任を測る資料でもあります。
IRを進めるのであれば、夢を語るだけでは足りません。
反対するのであれば、不安を語るだけでも足りません。
必要なのは、利益、負担、リスク、責任の所在を、道民が比較できる形で示すことです。
北海道IRは、道庁が巨大政策をどのように再起動させるのかを映す試金石でもあります。今回の素案は、その第一歩として読むべきではないでしょうか。
以上、北海道IR誘致構想はなぜ再び動き出したのかについてお知らせいたしました。
何卒よろしくお願い申し上げます。
令和8年7月11日
北海道庁生存戦略部
異端企画局
内部是正推進課非公式記録整理係
主事 振興局太郎
この記事は、元道庁職員としての個人的体験と見解に基づいています。
行政・公務員の世界に関心のある方の参考になれば幸いです。


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