追記(2026年9月)
本記事は2026年1月16日に、北海道庁で働いた経験から、道民から見える行政の姿と職員側から見える行政の姿の違いについて執筆したものです。実名での発信へ移行するにあたり、「道民の誤解を正す」という一方向の書き方を改め、内容を整理しています。
関係者各位
いつも大変お世話になっております。
元道庁職員の白川部けいたでございます。
標記の件につきまして、下記のとおりお知らせいたします。
道民から見える道庁、職員から見える道庁
「道庁は税金で動いているのに、仕事が遅い」「役所は市民の話を聞いていない」。
在職中も退職後も、行政に対するこうした声を耳にすることがありました。
元職員として感じるのは、その違和感のすべてが的外れというわけではない一方、外から見える行政の姿と、内部で働く職員が見ている行政の姿にはかなり大きな差があるということです。
住民から見えるのは、窓口、電話応対、ホームページ、記者発表、制度の結果などが中心です。
一方、行政内部では、その一つの結果に至るまでに、法令確認、予算、決裁、庁内調整、国や市町村との協議、関係機関との連絡など、外からは見えにくい工程が積み重なっています。
この「見えている部分の違い」が、道民と行政の間のすれ違いを生みやすくしているのではないかと思います。
「暇そう」に見える行政の、見えない仕事
庁舎の中は、外から見ると静かです。
職員が机に向かい、パソコンで作業をしているだけに見える時間も多くあります。
しかし、私が経験した本庁の庶務・予算や、振興局の防災業務では、実際には締切や照会、関係部署との調整が絶えず続いていました。
議会対応、予算要求、国からの通知、市町村との連絡、関係機関との協議など、仕事の多くは「外から見えるサービス」より、そのサービスや政策を成立させるための調整に使われます。
行政の内部調整が多すぎるという批判はあり得ますし、私自身もその非効率を何度も感じました。
ただ、外から「何も進んでいない」ように見える時間に、内部では複数の関係者が調整を続けている場合もあります。
問題は、その過程がほとんど市民から見えないことです。
行政が自分たちの忙しさを理解してもらう必要がある、という話ではありません。
なぜ時間がかかるのか、今どの段階にあるのかを外に説明できていなければ、住民側から「放置されている」と受け止められても不思議ではないということです。
道庁だけで決められることばかりではない
もう一つ分かりにくいのが、行政機関同士の役割分担です。
道民から見れば、「行政なのだから道庁が何とかできるだろう」と感じる案件でも、実際には国の法制度に基づくもの、市町村が担うもの、道が独自に判断できるものが混在しています。
北海道行政基本条例は、地域の実情に即した政策を総合的に進めることを道政運営の基本としています。
同時に、道は市町村と対等な関係で連携し、市町村が担うべき事務・権限については移譲も進めています。
つまり、道庁に裁量がないわけではありません。
一方で、すべてを道庁だけで自由に決められるわけでもありません。
この役割分担は、行政の中にいる人間には当然でも、住民にとっては非常に分かりにくいものです。
「それは国の制度です」「それは市町村の所管です」と説明されれば、住民側には役所同士で責任を押し付け合っているように見えることもあります。
だからこそ、単に所管を示すだけではなく、「誰が何を決められるのか」「なぜこの制度ではここまでしかできないのか」を説明する必要があります。
道民の声を聞くことと、そのまま実現することは違う
「役所は住民の話を聞かない」という批判についても、少し分けて考える必要があります。
行政には、寄せられた要望をそのまま実現できない場合があります。
法制度上できないこと、財源の制約があること、別の住民の利益と衝突すること、全体の公平性を考える必要があることもあります。
したがって、「意見を聞くこと」と「その意見どおりに政策を決めること」は同じではありません。
ただし、実現できない意見だから聞く意味がない、ということでもありません。
北海道行政基本条例でも、道政に関する情報を分かりやすく提供し、政策形成過程で道民の意向を把握して反映する機会を広げることが定められています。
要望そのものを実現できなくても、「なぜその不満が出ているのか」を知ることは制度改善の材料になります。
行政側には、できない理由を一方的に説明するだけでなく、意見の背景を読み取り、制度や運用で改善できる余地がないかを考える姿勢が必要だと思います。
制度に縛られることと、改善を諦めることは違う
行政職員が柔軟に動けない場面は確かにあります。
法令、予算、権限、過去の取扱いなどを無視して、担当者の善意だけで例外的な処理をすることはできません。
その意味では、外から「融通が利かない」と見える対応にも、行政として守るべき理由があります。
一方で、「制度上できないから仕方がない」で思考を止めることと、「制度の制約を守りながら改善の余地を探す」ことは別です。
私自身、道庁で働いていた頃、制度や前例を理由に改善が進まない場面に苛立つことがありました。
今振り返ると、個々の職員を「やる気がない」と評価するだけでは解決しません。
現場の疑問や提案をどこへ上げればよいのか、制度上変えられない部分と運用で変えられる部分をどう区別するのか。そうした改善経路を組織として持つことが重要なのだと思います。
職員個人の能力だけでは説明できない制約がある。しかし、制約があることを理由に改善そのものを諦めるべきでもない。この二つを同時に認識する必要があります。
ズレを埋めるのは行政の説明責任
道民と道庁の間にあるズレを、「市民が行政を知らないから」で終わらせるべきではないと思います。
北海道行政基本条例は、道政の諸活動について公開性を高め、道民に説明する責任を果たすこと、そして道政に関する情報を分かりやすく提供することを行政運営の基本として定めています。
誰が決める制度なのか。
なぜ時間がかかっているのか。
道にはどこまで裁量があるのか。
なぜ寄せられた要望をそのまま実現できないのか。
こうしたことを行政が分かりやすく説明できなければ、住民が結果だけを見て不信感を持つのは当然です。
一方で、行政に対する批判をすべて「役所は無能だから」「公務員は楽をしているから」と説明してしまえば、制度上の問題や本当に変えるべき工程も見えなくなります。
必要なのは、「役所が悪い」と一方的に断じることでも、「職員は大変だから理解してほしい」と擁護することでもありません。
どこまでが制度の制約で、どこからが行政側で改善できる問題なのかを、できる限り見える形にすることです。
行政への理解を求めるのであれば、まず行政の側が自分たちの仕組みを説明しなければならない。
私は、道庁の内側と外側の双方を見た経験から、今はそう考えています。
以上、道民が想像する道庁と、現場の実態のズレについてお知らせいたしました。
何卒よろしくお願い申し上げます。
令和8(2026)年1月16日
※この記事は、元道庁職員としての個人的体験と見解に基づいています。
行政・公務員の世界に関心のある方の参考になれば幸いです。
参考資料:北海道「北海道行政基本条例」/北海道「道から市町村への事務・権限の移譲」





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