【日程調整】会議資料を作るための会議の開催につきまして

行政組織・公務員

追記(2026年9月)

本記事は2025年12月3日に、北海道庁勤務時代の会議や資料作成を振り返って執筆したものです。実名での発信へ移行するにあたり、当時の問題意識やユーモアを残しつつ、特定の上司・職員への言及を削り、行政組織における意思決定と資料作成のあり方という観点から内容を整理・加筆しています。

関係者各位

いつも大変お世話になっております。
元道庁職員の白川部けいたでございます。

標記の件につきまして、下記のとおりお知らせいたします。

会議のための会議はなぜ生まれるのか

北海道庁で働いていた頃、時間を使った仕事の一つが、会議に向けた資料作成と事前調整でした。

もちろん、大きな行政組織において事前打合せそのものは必要です。関係部署の認識をそろえ、論点を整理し、上司や幹部が判断できる材料を準備する。行政には説明責任も記録もありますから、準備を省けばよいという話ではありません。

ただ、私が勤務していた頃には、会議そのものよりも、会議に至るまでの準備工程が膨らんでいると感じる場面がありました。

事前打合せのために資料をつくり、その資料を説明するためにさらに打合せをし、その結果を反映してまた資料を修正する。必要な調整ではあるものの、同じ論点について似た説明と修正を繰り返しているうちに、いつの間にか「何を決めるための会議なのか」より「資料を完成させること」の方が大きな仕事になっていきます。

当時の私は、半ば冗談で「道庁の仕事は、RPGで無限に湧いてくる雑魚敵のようだ」と後輩に話していました。一つ終わったと思えば、次の打合せと資料修正がすぐに現れる。その感覚自体は、今でもよく覚えています。

資料は何度書き直せば完成なのか

資料が一度できたからといって、そこで完成するとは限りません。

係内、管理職、関係部署など、複数の目で確認することには意味があります。誤りを減らし、行政としての説明に耐えられる文章にするための品質管理は必要です。

一方で、当時の私が難しいと感じていたのは、客観的な修正と、個々の上司の文章上の好みが混在していたことです。

「もう少し丁寧に」「表現を柔らかく」「ここは簡潔に」といった指示を受けて修正を重ねるうちに、前の案に近い文章へ戻ることもありました。

行政文書には文書作成上のルールがあります。それ自体は必要です。しかし、ルール上必要な修正なのか、単に担当者や上司によって好みが違うのかが分かりにくい場面もありました。

特に印象に残っているのが「もう少し丁寧に」という言葉です。

丁寧に説明しようとして情報を足していくと、結果として文章が長くなる。ところが長くなれば、今度は「もっと簡潔に」と言われる。若手職員だった私は、その振れ幅に戸惑うことが少なくありませんでした。

今振り返ると、問題は修正回数そのものではありません。誰に何を判断してもらうための資料なのか、その目的と完成基準が最初から共有されていれば、多くの修正はもっと効率的にできたのではないかと思います。

丁寧な資料ほど読まれなくなる逆説

もう一つ感じていたのが、説明を充実させるほど資料が厚くなり、その結果として読む側の負担も増えるという逆説です。

情報を追加する。補足資料を付ける。過去の経緯を入れる。想定問答を作る。一つひとつには理由がありますが、積み重なると資料全体は次第に重くなります。

すると今度は、「この資料では長すぎるから要点をまとめよう」という話になり、説明用の概要資料が新たに作られることがあります。

資料を説明するための資料が必要になる。さらに、その概要を確認するための打合せが生まれる。

当時の私は、この構造に何度も疑問を感じました。

私が経験した会議の中には、時間をかけて整えた詳細資料が、実際の会議では一部しか使われないこともありました。

もちろん、使われなかった情報も事前のリスク確認として価値があった可能性はあります。

それでも、資料作成に投じた時間と、意思決定で実際に利用される情報量が見合っているのかは、常に検証する必要があると思います。

資料作成は何のためにあるのか

行政に資料は必要です。

予算、議会、政策判断、住民への説明。後から検証できる記録を残すことも、公的機関にとって重要な責任です。

だからこそ、私は「資料を減らせばよい」と単純に考えているわけではありません。

問題は、資料を作ること自体が目的になっていないかということです。

誰が読むのか。何を決めるのか。どの情報がなければ判断できないのか。

この三つが明確であれば、必要な資料の形もかなり変わるはずです。

逆に、念のために情報を加え続け、複数の階層で似た確認を繰り返し、完成形の基準が曖昧なまま修正するのであれば、職員の時間は資料作成そのものに吸収されてしまいます。

当時の私は半ば自嘲気味に、「北海道庁の隠れた主力産業は資料生産業なのではないか」と考えていました。

もちろん、それは冗談です。

しかし、冗談として成立してしまうほど、政策を考える時間より、政策を説明するための文書を整える時間の方が長いと感じる時期がありました。

行政DXで本当に減らすべきもの

現在では、行政DXや生成AIによって、文書作成そのものは以前より速くできるようになりつつあります。

しかし、私はそこで一つ注意が必要だと思っています。

作らなくてもよい資料を、AIを使って速く作れるようになっただけでは、行政の生産性は上がりません。

必要なのは、文章を速く書くことだけではなく、そもそも何のために作る資料なのかを見直すことです。

確認工程を減らせるところは減らす。重複する資料は統合する。意思決定者が本当に必要とする情報を明確にする。そして、職員が政策を考えたり、住民や現場と向き合ったりする時間を増やす。

行政の生産性向上とは、職員をもっと速く働かせることではないと私は思います。

意思決定に必要な情報を絞り、確認工程を整理し、本来考えるべき政策や住民サービスに時間を使えるようにすることです。

会議のための会議をなくすというより、会議と資料が本当に意思決定の役に立つ形へ戻していく。

それが、行政改革やDXでまず考えるべきことではないでしょうか。

以上、会議資料を作るための会議についてお知らせいたしました。

何卒よろしくお願い申し上げます。

令和7(2025)年12月3日

※この記事は、元道庁職員としての個人的体験と見解に基づいています。
行政・公務員の世界に関心のある方の参考になれば幸いです。

【紹介】北海道庁で尊敬できた上司および同僚たちにつきまして
追記(2026年9月)本記事は2025年11月16日に執筆した記事です。実名での発信へ移行するにあたり、当時の趣旨や感謝の気持ちを変えない範囲で、個人が不必要に特定される情報や過度に断定的な表現を整理・加筆しています。関係者各位いつも大変お…

コメント

タイトルとURLをコピーしました