関係者各位
いつも大変お世話になっております。
元道庁職員の振興局太郎でございます。
標記の件につきまして、下記のとおりお知らせいたします。
「机上整理」とは何か
役所の超過勤務命令簿(今では電子化も進み紙での勤怠記録は減ってきていますが)には、“超勤理由”を記載する欄があります。
本来であれば、そこには残業内容を具体的に書く建前になっています。
しかし、実際の現場で頻繁に登場する謎の言葉があります。
それは“机上整理”です。
職員時代に初めて残業した翌日、超勤理由をどう書けば良いのか他の職員の命令簿を見た私は困惑しました。
「机を整理するだけで、そんなに残業するのか?」と。
ところが、周囲を見渡すと、皆当たり前のように書いている。
- 議会対応でも机上整理
- 年度末でも机上整理
- 大型案件でも机上整理
そして気が付けば、月100時間を超える超過勤務命令簿に、淡々と“机上整理”の文字が並んでいる。
もちろん、実際に机を片付けているわけではありません。
ただ、この言葉は極めて便利でした。
本当に机を整理していたのか
では実際、“机上整理”と書かれていた残業時間中、職員たちは何をしていたのでしょうか。
当然ながら、本当に机を片付け続けていたわけではありません。
実態としては、そこには様々な業務が詰め込まれていました。
例えば資料作成。
行政組織はとにかく資料が多い。説明資料、議会答弁、打合せペーパー、事業概要、予算要求資料。しかも、多くは「前年度資料を修正して終わり」では済まず、関係課との調整や修文が延々と続きます。
こうして発生した超過勤務の理由は“机上整理”です。
次に議会対応。
議員質問が入れば、担当者は答弁想定を整理し、本庁各課と調整し、時には深夜まで文言修正が続く。
ですが、命令簿上は静かに“机上整理”。
予算時期も同様です。
積算、査定対応、要求資料整理。数字一つずれるだけでやり直しになる世界ですが、そこでも残業理由は“机上整理”。
さらに苦情処理。
住民対応や電話対応は、予定通り終わるとは限りません。長時間の説明、関係部署との調整、記録整理。感情労働の側面すらありますが、これも“机上整理”。
中には、翌日の会議準備で机や椅子を並べ替えていた職員もいたでしょう。
その意味では、本当に多少は“机上整理”していた場面もあったのかもしれません。
しかし実際には、それ以上に大きいのは突発対応です。
行政組織では(どこの世界もそうかもしれませんが)、「今日予定していた仕事」が、そのまま終わることの方が珍しい。
急な照会、事故、議員連絡、マスコミ対応、本庁からの追加依頼。そこへ通常業務が積み重なる。
結果として、“机上整理”は、特定業務を指す言葉ではなくなっていきます。
- 資料作成でも机上整理
- 議会対応でも机上整理
- 苦情処理でも机上整理
つまり、“何でも入る”のです。
そして恐らく、この曖昧さこそが、“机上整理”という言葉が長年生き残ってきた理由なのでしょう。
なぜ曖昧な言葉になるのか
では、なぜここまで“机上整理”という曖昧な言葉が定着したのでしょうか。
理由はいくつかありますが、まず単純に、詳細を書くのが面倒という問題があります。
行政組織の業務は細切れです。
議会対応をしていたと思えば、その途中で本庁照会が飛んでくる。
住民対応をしていたら、今度は事故報告。
さらにメール確認、資料修正、会議準備。
実態としては、“複数業務の同時並行”が当たり前です。
その一つ一つを超勤命令簿へ正確に書き分けるのは、正直かなり煩雑です。
結果として、“机上整理”という便利ワードへ収束していく。
さらに言えば、管理職側もそこまで細かく確認していません。
もちろん建前としては確認しています。
ですが現実には、係長も課長も自分自身が忙しい。
“机上整理”と書いてあれば、とりあえず残業したことは分かる。
内容も完全に不自然ではない。
だから通る。
ここには、労務管理の形骸化という問題もあります。
本来、超過勤務命令とは、「何の業務で、なぜ時間外が必要だったのか」を管理するための仕組みです。
しかし実際には、月末になれば大量の命令簿処理が発生し、チェック作業そのものが“処理業務”になっていく。
すると重要になるのは、「正確さ」より、「問題なく通ること」です。
その結果、“とりあえず無難な表現”が組織内で共有されていく。
そして恐らく、一番重要なのはここです。
少なくとも、“机上整理”は完全な嘘ではない。
- 資料も整理している。
- メールも整理している。
- 机の上も多少は整理している。
つまり、絶妙に否定しづらい。
だからこそ、この言葉は便利であり続けたのでしょう。
曖昧だが、完全な虚偽でもない。
説明しているようで、実態はほとんど説明していない。
“机上整理”とは、そうした行政組織特有の曖昧さを、非常に象徴的に表した言葉なのかもしれません。
なぜ“残業実態”を認められないのか
では、なぜここまで曖昧な残業理由が放置され続けるのでしょうか。
恐らく背景にあるのは、「残業実態を正面から認めにくい」という行政組織特有の建前です。
本来、長時間残業とは、「業務量に対して人員配置や処理能力が追い付いていない」というシグナルです。
つまり、組織側の問題、管理職側…一番上まで行けば首長の敗北宣言でもある。
しかし公務員組織では、建前上、人員配置は“適正”であることになっています。
国民から預かった税金はただの1円も無駄になることなく最大効率で行政の施策に反映されている、という行政の無謬神話が前提にある発想です。
※これについてはいつか記事を作成したいです。
もちろん現場では、「明らかに人が足りない」「この人数で回るわけがない」という声は普通に存在します。
ですが、制度上は、必要な定数要求を行い、査定を受け、人件費が計上された、適切な配置がなされている、
という整理になる。
そのため、「慢性的な長時間残業が発生しています」という状態を真正面から認めることは、
- 人員配置
- 業務配分
- 組織運営
そのものに問題があることを意味してしまう。
問題のあった予算作成の最終決定権者である首長とそれを承認した議会の見通しの甘さが露見する、というロジックになります。
だから、“残業の構造問題”として整理しにくいのです。
すると何が起きるか。
残業は、「業務量の問題」ではなく、「本人の仕事の進め方」や「自主的な対応」として処理されやすくなる。
つまり建前上は、
- 本人が丁寧にやった
- 本人の効率が悪かった
- 本人が自主的に残った
- 本人が整理していた
という形になる。
だから超勤理由も、
具体的な悲鳴ではなく、「机上整理」のような無難な表現へ収束していく。
しかし現場実態は、当然そんな綺麗な話ではありません。
- 議会対応が重なり、
- 苦情案件が続き、
- 突発事故が入り、
- 本庁照会が積み重なる。
本来なら業務量の限界を示す“赤信号”であるはずの長時間残業が、静かに“机上整理”という四文字へ変換されていく。
これは単なる言葉遊びではありません。
行政組織が、“業務が回っていない”という現実を、真正面から制度問題として扱いにくいことの表れでもあるのです。

問題は“机上整理”ではない
ここまで見てきたように、問題は“机上整理”という言葉そのものではありません。
本質は、その曖昧な言葉が必要になる組織構造の側にあります。
本来、超過勤務理由とは、「どの業務が、どれほど組織に負荷を与えているのか」を把握するための重要な情報です。
- 議会対応が多いのか。
- 苦情処理が逼迫しているのか。
- 本庁照会が過剰なのか。
- あるいは単純に人員不足なのか。
それらを可視化して初めて、本来は人員配置や業務改善の議論につながるはずです。
しかし実際には、“机上整理”という便利ワードが、様々な業務実態を静かに吸収していく。
結果として、
- 何に時間を取られているのか
- どこが限界を迎えているのか
が曖昧になっていく。
そして恐らく、この曖昧化には組織防衛の側面もあります。
もし残業実態を細かく記録し、
- 議会対応で月60時間
- 本庁照会で30時間
- 苦情処理で10時間
と可視化していけば、次に問われるのは、
- なぜそこまで業務が膨らんでいるのか
- なぜ改善されないのか
- なぜ人員配置が追い付いていないのか
という構造問題だからです。
そして先述したように、この構造を放置していた管理職、首長、議会の責任が問われます。
だからこそ、“机上整理”という曖昧な言葉は便利だった。
説明しているようで、実態をぼかせる。
誰も嘘はついていない。
そして、組織全体としても摩擦が少ない。
もちろん、それによって現場の負荷が消えるわけではありません。
むしろ逆です。
可視化されない負担は、「存在しないもの」として扱われやすい。
結果として、長時間労働は静かに固定化されていく。
“机上整理”とは、行政組織が抱える悲鳴を、静かに吸収するための言葉なのかもしれません。
以上、“机上整理”という便利すぎる残業理由についてお知らせいたしました。
何卒よろしくお願い申し上げます。
令和8年5月16日
北海道庁生存戦略部
異端企画局
内部是正推進課非公式記録整理係
主事 振興局太郎
この記事は、元道庁職員としての個人的体験と見解に基づいています。
行政・公務員の世界に関心のある方の参考になれば幸いです。

コメント