関係者各位
いつも大変お世話になっております。
元道庁職員の振興局太郎でございます。
標記の件につきまして、下記のとおりお知らせいたします。
スマホ定期券で「並ばなくていい」時代へ
先日、北海道新聞にて、札幌市営地下鉄の利便性向上に関する記事が掲載されていました。
2027年度を目途に、スマートフォン上で定期券を購入・利用できる仕組みを導入し、あわせてQRコード乗車券への対応や、クレジットカード専用の発行機を全駅に設置する方針とのことです。


新生活シーズンになると、定期券売り場に長い列ができる光景は、札幌ではもはや恒例行事のようなものです。
とりわけ4月は、新入学生や新社会人に加え、異動者も重なり、窓口対応が追いつかない場面も少なくありません。
そうした状況を踏まえれば、スマートフォンで定期券を完結できる仕組みは、極めて合理的な改善と言えます。
物理的な窓口に並ぶ必要がなくなり、時間的コストが削減されるだけでなく、駅側の業務負担軽減にもつながるでしょう。
また、QRコード乗車券の導入やクレジットカード決済の拡充も含め、交通サービス全体のデジタル化を進める方向性は、他都市の流れとも整合的です。
首都圏や関西圏では既に一般化している仕組みが、札幌でもようやく本格的に導入される段階に来た、と捉えることができます。
ただし、ここで一つ押さえておくべき点があります。
それは、今回の施策がいずれも「新しい技術の導入」というよりも、「既に普及している仕組みの実装」に近いということです。
裏を返せば、技術的に不可能だったわけではなく、これまで10年以上にわたり導入されてこなかっただけだとも言えます。
したがって、この動きは単なる利便性向上にとどまらず、札幌市営地下鉄がどのような意思決定のもとで運営されてきたのか、そして今どの段階にあるのかを示す一つの材料でもあります。
地下鉄が便利になること自体は歓迎すべきことです。
しかし、その背景にある構造や制約を見ていくと、この話は単なる「便利になりました」で終わるものではありません。
札幌市営地下鉄は“最先端”から始まった
札幌市営地下鉄は、決して「遅れている交通機関」として出発したわけではありません。
むしろ、その出発点は地方都市としては異例なほど先進的なプロジェクトでした。
札幌市営地下鉄が開業したのは1971年12月。南北線(北24条〜真駒内間)が最初の区間として営業を開始しています。これは東京・大阪・名古屋に続く全国4番目の地下鉄であり、東京以北では初の事例でした。
当時の札幌は人口100万人に満たない都市であり、本来であれば地下鉄を持つ規模ではないとされていました。それでも建設が進んだ背景には、1972年の札幌オリンピックがあります。冬季五輪という国家的イベントを控え、雪の影響を受けない大量輸送機関の整備が不可欠だったためです。
ここで重要なのは、単に地下鉄を作っただけではないという点です。
札幌市営地下鉄は、当時としては極めて先進的な技術を積極的に導入しています。
代表的なのが、ゴムタイヤ式の地下鉄です。
これは雪国という特殊な環境に対応するために採用された方式で、世界的にも珍しいものでした。また、開業当初から自動改札や自動放送といったシステムが導入されており、運行管理にもコンピューター制御が取り入れられています。
つまり札幌市営地下鉄は、「地方だから遅れていた」のではなく、むしろ環境条件に適応するために技術を先取りした交通機関だったわけです。
その後も、1976年に東西線、1988年に東豊線が開業し、路線網は比較的短期間で拡張されていきました。都市の成長とともに交通インフラを整備していくという点でも、行政の意思決定は非常に明確だったと言えます。
このように振り返ると、札幌市営地下鉄は「最初から遅れていた」のではなく、むしろ時代の要請に対してかなり前のめりに応えた存在でした。
だからこそ現在の議論で重要になるのは、「なぜ遅れたのか」ではありません。
むしろ問うべきは、なぜ“最先端だったはずの仕組み”が更新されにくい構造になっているのか
という点です。
この視点を持つことで、今回のスマホ定期券導入という話も、単なる利便性向上ではなく、より大きな制度の問題として見えてきます。
全国と比べたときの構造的課題
ここまで見てきたように、札幌市営地下鉄は本来「遅れている存在」ではなく、むしろ時代の要請に応じて先進的に整備されてきたインフラでした。
ではなぜ現在、更新や高度化が相対的に遅れて見えるのか。
結論から言えば、これは技術の問題ではなく、制度と構造の問題です。
いくつかの観点から整理してみます。
まず一つ目は、利用規模と収支構造の制約です。
東京や大阪の地下鉄と比較した場合、札幌は人口規模・通勤圏の広がりともに限定的であり、運賃収入で大規模な設備投資を継続的に回していくことが難しい構造にあります。
地下鉄は典型的な装置産業であり、初期投資も更新費用も極めて大きい。
利用者が一定規模に達しない限り、投資判断はどうしても慎重にならざるを得ません。
二つ目は、交通体系の分断構造です。
首都圏ではJRと私鉄、地下鉄が相互乗り入れやICカードの共通化によって一体的に運用されていますが、札幌は基本的に市営地下鉄が独立した運行主体です。
JR北海道との連携も限定的であり、都市圏全体としての最適化よりも、各事業者ごとの最適化が優先されやすい構造になっています。
この点は、JR北海道の側も同じで、両社のIC化やデジタル化のスピードにも影響を与えてきました。
そして三つ目が、当方が最も本質的な問題であると考えている意思決定構造の分散です。
札幌市営地下鉄は当然ながら札幌市の事業ですが、その背後には国の補助制度や規制体系が存在します。
鉄道・地下鉄事業は、国土交通省の枠組みの中で、補助金や許認可を前提に進められるため、完全に自治体単独で意思決定できる領域ではありません。
例えば、地下鉄の延伸議論は典型例です。
札幌ではこれまで、南北線や東豊線の延伸構想が何度も議論されてきました。しかし、その多くは最終的に採算性や費用対効果の問題で見送られています。
背景には、国の補助要件として求められる費用便益比(B/C)のハードルがあります。
利用者数が伸びにくい地方都市では、この指標をクリアすること自体が難しく、結果として「議論は出るが実現しない」「議論を具体化するために本気で調べる予算までは付けられない」という状態が繰り返される構造になっています。
ここに北海道特有の事情も重なります。
札幌市は政令市として独自の都市政策を持つ一方、北海道庁は広域行政を担い、さらに国は財政・制度の枠組みを握っている。
つまり、
- 市:事業主体
- 道:広域調整・要望集約
- 国:制度設計と財源配分
という三層構造の中で、地下鉄政策が決まっていくわけです。
この構造は一見合理的ですが、裏を返せば、どこか一つの主体が強いリーダーシップを発揮しにくいという側面も持っています。
ここで、地下鉄の営業範囲は札幌市内の話であり、北海道庁の存在は関係がないように見えますが、実際にはそう単純ではありません。
札幌市営地下鉄は、札幌市民だけの交通インフラではなく、道内各地から人が流入する広域的な交通結節点の一部として機能しています。
通勤・通学のみならず、医療、商業、観光といった人の流れを支えている以上、その影響範囲は札幌市域を超えています。
このため北海道庁は、直接の事業主体ではないものの、
- 国への要望取りまとめ
- 広域交通政策との整合
- 道内全体の人口動態・経済動向を踏まえた調整
といった形で、間接的に関与しています。
しかし、この関与の仕方がまた微妙な位置にあります。
道は主体でもなければ責任主体でもない
一方で、広域行政として一定の役割は期待される
結果として、
「関係はあるが、最終責任は持たない」
という、北海道行政に典型的な中間ポジションに置かれることになります。
この構造は、先ほど述べた意思決定の分散をさらに強める要因でもあります。
すなわち、札幌市単独では抱えきれない課題であっても、道が主体的に踏み込む制度にはなっていない。
地下鉄という都市インフラの議論であっても、実際には、市・道・国の役割分担の曖昧さが、そのまま意思決定のスピードや投資判断に影響しているのです。
結果として、延伸のような大規模投資は慎重になり、既存設備の更新についても「優先順位の問題」として後回しにされやすい。
今回のスマホ定期券導入も、この文脈の中で見る必要があります。
すなわち、
- 巨額投資を伴う路線拡張は難しい
- その代わり、比較的低コストで効果が見込めるデジタル化を進める
という、極めて合理的な選択の結果でもあるわけです。
したがって、札幌市営地下鉄の現状を単純に「遅れている」と評価するのは正確ではありません。
むしろ、
地方都市における財政制約と制度設計の中で、更新が後ろ倒しになりやすい構造にある
と捉える方が実態に近いでしょう。
この構造を前提にすると、次に問うべき論点は明確になります。
すなわち、こうした制約の中で、行政はどこまで踏み込んだ役割を果たすべきなのか、という問題です。
利便性向上は“対症療法”に過ぎないのか
ここまで見てきたように、札幌市営地下鉄が抱える課題は、単なる技術導入の遅れではなく、制度・財政・広域行政の構造に起因するものです。
その前提に立つと、今回のスマホ定期券導入やQRコード対応はどのように評価すべきでしょうか。
結論から言えば、個別施策としては合理的であり、評価すべき改善です。
窓口の混雑緩和、利用者の利便性向上、駅業務の効率化。いずれも現場の課題に対して直接的な効果があります。
また、比較的低コストで導入可能なデジタル施策である点も、財政制約の中では現実的な判断です。
ただし同時に、この施策はあくまで既存の枠組みの中での改善にとどまります。
- 利用者数の伸び悩み
- 地下鉄単体での収支構造(現状良好ではあるものの)
- JRやバスとの統合的な交通政策の不在
- 延伸議論が進まない構造
こうした問題に対して、直接的な打開策・根本的な改革にはなっていません。
言い換えれば、今回の施策は、
「今ある仕組みをより便利にする」ものにとどまり、「仕組みそのものを変える」ものではないということです。
これは行政の意思決定としては極めて自然な流れでもあります。
大規模な制度変更やインフラ投資は、財政負担や政治的調整が伴うため、どうしてもハードルが高い。
その結果として、
- 比較的合意形成しやすい
- 短期的な効果が見えやすい
- 批判が少ない
といった特徴を持つ施策が優先される傾向があります。
スマホ定期券の導入は、まさにその典型例と言えるでしょう。
したがって、この動きを単純に「遅れていたものがようやく追いついた」と評価するだけでは不十分です。
むしろ重要なのは、
なぜこのレベルの改善にとどまっているのか
という点を見極めることです。
札幌市営地下鉄の問題は、利便性の問題ではなく、構造の問題です。
そして構造が変わらない限り、個別の改善は積み重なっても、全体としての位置づけが大きく変わることはありません。
今回の施策は、その意味で言えば、
必要な改善でありながら、同時に限界も内包していると言えるでしょう。
では、その限界を踏まえた上で、行政は何を担うべきなのか。
次の見出しで、この点について整理します。
地下鉄は都市の骨格、行政の役割は何か
ここまで見てきたように、札幌市営地下鉄は単なる交通手段ではありません。
都市の人の流れを形づくる、いわば都市の骨格そのものです。
どこに線路を引き、どこに駅を置くのか。
それによって人の集まり方が変わり、商業が生まれ、住宅地が形成されていく。
地下鉄は「結果としてのインフラ」ではなく、「都市を設計する装置」でもあります。
この視点に立てば、行政に求められる役割も変わってきます。
単に既存路線を維持し、利便性を少しずつ改善するだけではなく、都市全体の構造をどう描くのかという問いに向き合う必要があります。
現在の札幌市営地下鉄は、中心部へのアクセスという点では機能していますが、都市の拡張や人口分布の変化に対しては、開業以来きわめて受動的な対応にとどまっている印象があります。
例えば、以前から議論として断続的に出ては消えているものに、
- 南北線の屯田方面への延伸
- 東豊線の清田・あいの里方面への延伸
- 東西線の手稲方面への延伸
といった構想があります。

いずれも採算性や需要予測の観点から実現には至っていませんが、
北区をはじめとする郊外地域の人口配置や交通需要を考えれば、検討に値するテーマであること自体は間違いありません。
もちろん、現実には多額の建設費、国の補助要件、利用見込みといった制約があり、単純に「必要だから作る」という話では済まないのも事実です。
これまで議論が進んでは止まり、また浮上しては消えてきた経緯も、その難しさを物語っています。
ただし、それでもなお重要なのは、
延伸の是非を含めて、都市の将来像をどこまで具体的に描けているかという点です。
デジタル化や利便性向上は確かに必要です。むしろ延伸のための前提条件であるでしょう。
しかし、それだけでは都市の骨格そのものは変わりません。
- 人口減少の中で、どこに人を集めるのか
- 郊外と中心部をどう接続するのか
- 交通とまちづくりをどう一体で考えるのか
こうした問いに対して、地下鉄を含めた交通政策をどう位置づけるのか。
そこにこそ、行政の本来の役割があるはずです。
今回のスマホ定期券導入は、利便性向上という意味では確実に前進です。
一方で、その先にあるべき議論―都市の構造をどう設計するのかという問題は、依然として残されたままです。
かつてから断続的に提起されてきた延伸議論も含め、単なる採算性の問題として片付けるのではなく、札幌という都市の将来像の中でどう位置づけるのか。
その視点を持ち続けることが、これからの地下鉄政策に求められているのではないでしょうか。
以上、地下鉄が便利になるほど浮き彫りになる構造問題ついてお知らせいたしました。
何卒よろしくお願い申し上げます。
令和8年3月22日
北海道庁生存戦略部
異端企画局
内部是正推進課非公式記録整理係
主事 振興局太郎
この記事は、元道庁職員としての個人的体験と見解に基づいています。
行政・公務員の世界に関心のある方の参考になれば幸いです。
【今回参考にしたサイト】




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