【雑感】クマより難しいのは、行政の人事制度かもしれない件につきまして

ニュース解説

関係者各位
いつも大変お世話になっております。
元道庁職員鈴木邪道でございます。
標記の件につきまして、下記のとおりお知らせいたします。

クマは想定された制度ではなく“物理的な存在”である

先日、北海道新聞で以下の記事が掲載されました。

【独自】北海道、ガバメントハンター初採用 クマ対策で26年度 道南・道東の振興局に配置:北海道新聞デジタル
北海道は新年度、ヒグマ対策を強化するため、狩猟免許保有者を公務員として任用する「ガバメントハンター」を初めて採用する方向で調整に入った。道南や道東の振興局に数人を配置し、現場での駆除や地元自治体をはじ...

道は2026年度予算案に関連経費を計上し、狩猟免許保有者を会計年度任用職員として採用、道南や道東の振興局などに配置する方向で調整しているとのことです。
市町村との連携強化や現場での駆除対応を視野に入れた措置とされています。

背景には、ヒグマ出没の増加と深刻な事故があります。
昨年、渡島管内福島町およびオホーツク管内斜里町で、ヒグマによる死亡事故が発生しました。

クマ襲撃死亡、対応を検証 北海道福島町、住民周知が課題
北海道福島町で7月、新聞配達中の男性がヒグマに襲われ死亡した事故について、町が検証結果をまとめたことが3日、町への取材で分かった。住民への情報周知の在り方や、現場で対応するハンターの確保などを課題に ...
なぜ1人と3頭の命は失われたのか、世界遺産知床で見過ごされたリスク 襲われた登山者、崩れるヒグマとの「共存」
世界自然遺産の北海道・知床。羅臼岳から西へ流れ、オホーツク海に注ぐイワウベツ川の近くの道路には、20台以上の車が止まり、渋滞が起きていた。出没するヒグマを目当てに、詰めかけた観光客だ。カメラを構えて ...

クマは観光資源としても象徴的存在ではありますが、同時に人命を奪う大型野生動物でもあります。この現実から目を背けることはできません。

道内では近年、市街地周辺への出没も珍しくなくなりました。山間部に限らず、人の生活圏と野生動物の境界が曖昧になっている以上、不安が広がるのは当然です。
特に子どもや高齢者を抱える家庭にとって、クマの目撃情報は抽象的なニュースではなく、日常生活に直結する問題です。

クマ対策は、理念や環境論争の文脈だけで語れるものではありません。まず前提として確認すべきなのは、クマは“物理的な存在”であり、時に人を襲うという事実です。
そのうえで、行政がどのような制度設計でこれに向き合うのかが問われています。

ガバメントハンターという進歩

今回の方針で注目すべきは、道が“実際の発砲”までを想定した専門人材を任用しようとしている点です。
これまで道庁には、ヒグマの生態や出没傾向に関する知見を持つ職員は存在していましたが、基本的には事務系職員であり、市町村との制度設計や調整、助言が主たる役割で、実際の駆除行為は、市町村や地元猟友会に委ねられてきたのが実情です。

その意味で、狩猟免許を有する人材を公的な立場で配置し、現場対応や技術的助言、関係機関との調整まで担わせるという構想は、従来よりも一歩踏み込んだ発想と言えます。
国の交付金を活用しながら人材を確保しようとする点も、財源面を踏まえた現実的な判断です。
これまでの国への陳情が奏功したのかもしれません。

クマ被害相次ぎ『ガバメントハンター』育成支援を環境省に要請_銃が扱える退職自衛官ら再就職へ「抜本的な対策を国としてやってほしいということが強いメッセージ」予算拡大も求める〈北海道〉
クマによる被害が相次ぐ中、北海道などは国に対し、狩猟免許を持つ自治体職員「ガバメントハンター」の育成への支援などを求める緊急の要望…

北海道庁は、実働部隊を自ら抱えることには慎重である傾向があります。
※かつては道道の除排雪を自前でやっていたのですが…
そうした中で、専門技能を持つ人材を組織内部に位置づけるという方向性は、少なくとも姿勢としては“現場寄り”に舵を切ったものと評価してよいでしょう。

私自身、防災対応の業務に携わっていた際、遭難者対応の最中にクマの目撃情報が入ったことで、現場の動きが一時停止する場面を経験しました。
人命を争う状況であっても、安全確保の判断は避けて通れません。
そうした緊張感を思えば、専門的知見と実働能力を備えた人材を行政が主体的に確保しようとする発想そのものは、決して軽視されるべきではないと感じます。

しかし“会計年度任用職員”という設計

もっとも、今回の構想で気にかかるのは、その任用形態です。
報道によれば、ガバメントハンターは国の交付金を活用した会計年度任用職員として採用される見通しとされています。
周知のとおり、会計年度任用職員は原則として単年度契約であり、更新はあり得るものの、制度上は恒常的な身分保障を前提とした職ではありません。

もちろん、この枠組みを採用する合理性は理解できます。

  • 交付金を活用しやすいこと
  • 必要人数を柔軟に調整できること
  • 制度創設初年度として試行的に導入できること

財政規律や人員管理の観点からすれば、いきなり恒常職として定数化するよりも、ハードルは低い。
行政実務としては“現実的な選択肢”であることは否定できません。

しかし、問いは残ります。
命に関わる専門技能を担う職務を、なぜ単年度任用という不安定な設計で始めるのか。
ヒグマ対策は一過性の災害対応ではなく、長期的に継続する構造的課題です。ハンターの高齢化が進み、担い手不足が顕在化している状況であればなおさら、専門職としての育成・継承を見据えた制度設計が求められるはずです。

会計年度任用という枠組みでは、技能の蓄積やキャリア形成の道筋が描きにくいのが実情です。
更新の有無が毎年の予算編成や政策優先順位に左右されるとすれば、安定的に技術を磨き、若手を育成する環境は整いにくい。
結果として、“当面の対策”としての色合いが強まり、専門職というよりは“必要に応じて置かれる非常勤枠”(=置かれない年もあるポスト)にとどまる危険もあります。
そもそも、非常勤職公務員の処遇を巡っては、長年にわたり不安定さや処遇格差が指摘されてきました。
そうした議論が続く中で、新たな専門職をまず非常勤枠で設計することは、ヒグマ問題に正面から向き合うというよりも、既存の枠組みに当てはめる発想に近いようにも映ります。
予算の合理性は重要です。しかし、その職種が担う社会的価値までも予算枠の論理に従属してしまうとすれば、それは制度設計として健全なのか、改めて考える必要があるでしょう。

予算制約や制度上の制限があることは理解します。
ただ、それでもなお、ここに道庁行政の思考の癖が表れてはいないかと感じます。すなわち、“まずは交付金で回せる形に当てはめ、枠の中で対応する”という発想です。
本気で専門性を制度化するのであれば、恒常的職種としての位置づけや、複数年にわたる育成計画まで踏み込む議論があってもよいのではないでしょうか。

今回の導入は一歩前進である一方、その人事設計には慎重に目を向ける必要があります。
本気度は、任用形態にも表れるからです。

責任の分散構造―道は何を引き受けるのか

ヒグマが市街地に出没した場合、最終的に“撃つかどうか”を判断するのは市町村です。
昨年からは、一定の条件下で市町村判断による“緊急銃猟”も可能になりました。
現場で住民対応に当たり、警察と連携し、最終的な決断を下すのは基礎自治体です。

一方、道の役割はどう整理されているのでしょうか。
報道によれば、道はガバメントハンターを配置し、市町村への助言や調整を担わせる想定とされています。
国の交付金の活用、広域的な情報集約、技術的支援。確かに、都道府県として果たすべき機能はあります。
しかし、ここで一つの疑問が生じます。
最終責任が市町村にある構造の中で、道が自ら実働人材を抱える意味はどこにあるのか。

もちろん、広域自治体として専門性を確保し、支援体制を整えること自体は合理的です。
ただ、その位置づけが曖昧なままでは、“助言もするが、最終判断はしない”という従来型の責任回避構造が温存されるだけになりかねません。
実働を担うのか、技術支援に徹するのか、あるいは広域的な司令塔機能を持つのか。その責任範囲が明確でなければ、制度は形だけ整っても、いざという時の判断は結局現場任せになる可能性があります。

北海道の行政構造は、広大な面積と多様な地域事情を抱えるがゆえに、有事の役割分担が曖昧化されやすい特徴があります。
道は取りまとめと調整、市町村は実行と責任という整理は一見合理的ですが、その境界が曖昧になると、“誰が最終的に引き受けるのか”が見えにくくなります。

道が市町村の要望を集約し、国に対して財源確保を働きかけてきた点は評価されるべきです。
しかし、自らガバメントハンターを配置するのであれば、単なる調整役にとどまらず、広域的な危機管理の主体としてどこまで責任を引き受けるのかを、より明確に示す必要があるのではないでしょうか。

制度は、人を置くだけでは完成しません。
誰が判断し、誰が責任を負うのか。
その線引きが曖昧なままでは、組織は安全側に流れやすい。
ヒグマという現実に向き合うのであれば、責任の所在もまた、はっきりさせる必要があります。

本当に必要なのは「専門職の制度化」ではないか

ヒグマ対策は、一時的な流行課題ではありません。
出没の増加、生活圏との接近、そしてハンターの高齢化。いずれも構造的な問題です。であるならば、対応もまた構造的であるべきです。

本当に必要なのは、“対策のための人員配置”ではなく、獣害対応を“恒常的な行政機能として位置づける覚悟”ではないでしょうか。
専門職として制度化し、育成計画を持ち、広域的な戦略の中で配置する。その設計があって初めて、現場と制度が噛み合います。
このままでは、せっかくの新職種が実働の中核ではなく、書類調整や連絡業務の比重が増す形で埋没してしまう懸念もあります。
人を置くこと自体が目的化してしまえば、本末転倒です。

クマの問題は自然の問題です。
しかし、それにどう向き合うかは制度の問題です。
そして制度をどう設計するかは、行政の成熟度を映します。
本気度は、任用形態と責任の引き受け方に表れる。
その視点を持ち続けたいと思います。

以上、クマより難しいのは、行政の人事制度かもしれない件についてお知らせいたしました。
何卒よろしくお願い申し上げます。

令和8年2月14日

北海道庁生存戦略部
異端企画局
内部是正推進課非公式記録整理係
主事 鈴木邪道

この記事は、元道庁職員としての個人的体験と見解に基づいています。
行政・公務員の世界に関心のある方の参考になれば幸いです。

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