追記(2026年9月)
本記事は2026年2月14日に、北海道が狩猟免許保有者を会計年度任用職員として採用し、ヒグマ対策に配置する方針が報じられたことを受けて執筆したものです。その後、道は6月1日付でガバメントハンター1名を任用し、ヒグマの捕獲経験がある道職員による捕獲チームも立ち上げました。さらに、2026年9月時点では道南・オホーツク地域でガバメントハンターの追加募集を行っています。当初の記事で提起した「専門人材を行政内部にどう位置付け、技能をどう蓄積するか」という論点は残しつつ、現在までの制度展開を踏まえて内容を整理・加筆しています。
関係者各位
いつも大変お世話になっております。
元道庁職員の白川部けいたでございます。
標記の件につきまして、下記のとおりお知らせいたします。
クマは制度ではなく、現実に存在する危険である
ヒグマ対策は、行政制度だけを眺めて考えられる問題ではありません。相手は制度上の概念ではなく、実際に人を傷つけ、時には命を奪う大型野生動物です。
2025年度には、渡島管内福島町とオホーツク管内斜里町で死亡事故が発生しました。北海道の公表資料でも、同年度はヒグマによる死亡者が2人確認されています。
市街地や生活圏周辺での出没が続けば、子どもや高齢者を抱える家庭にとっても、ヒグマ情報は抽象的な自然環境問題ではなく、日常生活に直結する危機管理の問題になります。
また、2025年には鳥獣保護管理法が改正され、人の日常生活圏にクマなどが出没した際、一定の安全確保条件の下で、市町村が委託した捕獲者などによる「緊急銃猟」を実施できる制度が設けられました。
クマを保護するのか、捕獲するのかという理念だけではなく、実際に危険個体が現れたとき、誰が判断し、誰が対応できるのか。行政には、そこまで具体的な体制が求められる時代になっています。
行政が「実働能力」を持ち始めた意味
2026年2月にこの記事を書いた時、私が注目したのは、北海道が狩猟経験のある専門人材を行政内部へ迎え入れようとしていた点でした。
それまでのヒグマ対策では、道は広域的な情報集約や制度調整、市町村への助言などを担い、現場での捕獲は市町村や地域の猟友会などに依存する部分が大きかったと思います。
その後、道は6月1日付でガバメントハンター1名を任用しました。さらに、ヒグマの捕獲経験がある道職員2名を捕獲チームとして登録し、道自身も一定の実働能力を内部に持つ方向へ踏み出しています。
加えて、捕獲等に従事する職員への特殊勤務手当を設ける動きも進みました。単に「専門家を一人置いた」という話ではなく、行政組織そのものが、現場対応の能力をどう持つかという段階に入りつつあります。
2026年9月時点では、道南とオホーツク地域で追加のガバメントハンターを募集しており、週30時間勤務の枠と、必要に応じて月3日程度出勤する枠が設けられています。
募集要件には第一種銃猟免許、ヒグマの捕獲経験、ライフル銃の所持などが含まれています。高度で希少な技能を行政が明確に必要としていることが分かります。
「調整する行政」から「一定の実働能力も持つ行政」へ。少なくとも2026年の北海道は、その方向へ一歩踏み込んだと評価できると思います。
それでも「会計年度任用」でよいのか
一方で、私が当初から気になっていたのは任用形態です。
現在募集されているガバメントハンターも、会計年度任用職員として採用され、任期は年度末までとされています。更新の可能性はありますが、恒常的な専門職として独立したキャリア体系が用意されているわけではありません。
もちろん、制度立ち上げの初期段階で会計年度任用職員を活用することには合理性があります。必要人数を柔軟に設定でき、国の交付金も活用しやすく、まず専門人材を確保して制度を動かすことができます。
環境省の指定管理鳥獣対策事業交付金でも、緊急銃猟等に対応する実務者の配置や専門人材の雇用が支援対象とされています。既存制度を活用して速やかに体制を立ち上げることは、行政実務として現実的です。
ただし、それで議論が終わってよいとは思いません。
ヒグマ対策は、数年だけ対応すれば終わる課題ではありません。捕獲技術、安全管理、地域との関係構築、若手への技能継承など、長期的に蓄積しなければならない専門性があります。
会計年度任用という形でも経験の蓄積は可能です。しかし、本気度を見るのであれば「何人採用したか」だけでなく、その人材を数年後にどう位置付け、技能を誰へ引き継ぐのかまで見る必要があります。
初動として非常勤で始めることと、永続的に非常勤だけで回すことは別です。行政が専門性を本当に制度化するのであれば、将来的な職種設計や育成体系まで議論してよいのではないでしょうか。
市町村と道は、どこまで役割を分担するのか
もう一つ重要なのが、市町村と道の役割分担です。
緊急銃猟制度では、市町村が実施主体となります。市町村だけで十分な対応ができない場合には、都道府県知事へ応援を求めることができ、応援に入った都道府県職員は市町村長の指揮の下で、安全確保や技術的助言などを支援する仕組みです。
この制度設計自体には合理性があります。住民の避難や地域事情を最も把握しているのは基礎自治体であり、都道府県はより広域的な専門性、人材、情報を提供する。役割分担として理解できます。
一方、北海道がガバメントハンターや捕獲チームを自ら持つようになれば、道の役割もこれまでとは少し変わってきます。
単に市町村から相談を受けて助言するだけではなく、必要に応じて専門人材を現地へ送り、捕獲支援や技術的な支援を行える体制になるからです。
そこで今後問われるのは、「道が何をするか」の線引きです。
市町村が主体となる緊急銃猟をどこまで支援するのか。複数自治体にまたがる案件では誰が調整するのか。地域に専門人材が足りない場合、道がどこまで補完するのか。
「責任回避」と一言で片付けるより、広域自治体と基礎自治体が、それぞれの強みを生かしながら危機対応をどう分担するのかを明確にしていくことが重要だと思います。
必要なのは「人を置くこと」から「専門性を蓄積すること」へ
ヒグマ対策は、一時的な流行課題ではありません。
出没、人身被害、捕獲者の確保、緊急銃猟への対応。いずれも、行政が継続的に向き合わなければならない課題です。
だからこそ、専門人材を採用すること自体をゴールにしてはいけないと思います。
そこで得られた現場経験を記録し、訓練へ反映する。捕獲者とのネットワークを蓄積する。既存の道職員にも技能や知識を共有する。若い担い手を育てる。市町村が困ったときに支援できる仕組みを平時から整える。
人を配置することから、組織として専門性を蓄積することへ。次の段階はそこだと思います。
国の財政支援を活用し、既存制度の中でまず体制を立ち上げることは合理的です。しかし、そのことが恒久的な制度設計を考えなくてよい理由にはなりません。
クマの問題は自然の問題です。
しかし、それにどう向き合うかは制度の問題です。
そして制度をどう設計するかは、行政の成熟度を映します。
2026年、北海道は少なくとも一歩を踏み出しました。次に見るべきなのは、何人採用したかだけではありません。そこで得た技能と経験を、5年後、10年後の北海道行政にどう残すのかです。
本気度は、任用形態だけでなく、その後の人材育成と責任の引き受け方にも表れる。私は、その視点で今後の制度を見ていきたいと思います。
以上、クマより難しいのは、行政の人事制度かもしれない件についてお知らせいたしました。
何卒よろしくお願い申し上げます。
令和8(2026)年2月14日
この記事は、元道庁職員としての個人的体験と見解に基づいています。
行政・公務員の世界に関心のある方の参考になれば幸いです。
参考資料:北海道「指定管理鳥獣対策専門員(ガバメントハンター)の募集について」/北海道知事定例記者会見(2026年5月29日・6月12日)/北海道「ヒグマによる人身事故等発生状況」/環境省「緊急銃猟制度」/環境省「指定管理鳥獣対策事業交付金事業」







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